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 メーカーからは「破損データの修復は出来かねます」というテンプレート通りの回答を受け取り、シューティーは溜息を禁じ得なかった。何のためのコールセンターだ。  仕方なく新規設定を行ったものの、用意されたモジュールでは再現不可能なことを知って、落ち込んでいる自分がいることにいらいらした。結局、デフォルトの男性の姿と機会音声になった。設定が完了した直後、『午後の天気は晴れです』ともはや予報でない事実を告げ、大量のニュースを表示させてシューティーを辟易させ、さらには『本日の運勢は最下位です。大切なものを失くしてしまうかもしれません』と参考にすらならない占いの結果を告げた。 「……大切なもの、だって? あんな基本じゃない『ナビゲーター』が?」  心底嫌そうに告げたのだが、目立った特徴のない男性モジュールは貼り付けたような笑みを浮かべているだけだった。  考えてみれば、基本からは完全に外れてはいたものの、有能ではあったのだ。ポケモンの世話には手馴れているし、朝は寝坊しなくて済むし、アイドルのゴシップ記事なんて不要なニュースを自分で削除する手間もないし――。  シューティーの頭の中で、何かが引っ掛かった。  そもそも『ナビゲーター』はバックアップ機能でトラブルからの回復はよほどのことがない限り可能だ。メーカーや公的機関とトレーナーの数だけ存在する『ナビゲーター』により回線には監視体制が築かれているため、ウイルスソフトやハッキングの可能性も薄い。  ならば、なぜ『ナビゲーター』のデータは消えたのか。  シューティーはニュースの更新時間を確認する。今日の朝六時、つまりその時『ナビゲーター』はニュースの取捨選択をしたのだろう。データが破損したのはその後、ということだろうか。それどころではなくてろくに確認していなかったが、『ナビゲーター』が選んだ今日のトップニュースは、確かホドモエシティのワールドトーナメントだっただろうか。  検索すればすぐに表示された記事は、ジュニアカップの開催日時の通知と、現在行われているシニアカップの速報だった。トーナメントに出られるポケモンは全試合通して一体のみで、予選と一回戦が既に終わっているらしく、簡単な勝敗の結果と共に、コメントが付与されている。
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――注目すべきは、若手研究者として頭角を現しているシゲル選手の活躍だろう。「トレーナーは引退した」と語っていた彼が本トーナメントに出場した理由は明らかにされていないが、シゲル選手は確かな実力で他の出場者を圧倒している。使用ポケモンはリザードン。また、今回はシンオウリーグの優勝経験を持つシンジ選手も参戦しており、順調に駒を進めている。シンジ選手がイッシュ地方の公式大会・選手権に参加するのは初めてだが、ポケモンの分析力やバトルにおける柔軟な対応力は健在で、対戦相手は苦戦を強いられるだろう。使用ポケモンはゴウカザル。二人はともに現・ポケモンマスターがライバルとしてその名を挙げるほどの実力者であり、今大会の優勝候補とされている。
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 シューティーの視線は、ある一点で止まった。ポケモンマスター。ポケモントレーナーの頂点に君臨する存在。長らく空席が続いていたが、一年ほど前に史上最年少のマスターが誕生し、世界中が大いに沸いた。中でも、出身地であるカントー地方と、ここイッシュ地方は熱狂の渦に包まれた。彼の人は、イッシュ地方を救った英雄でもある。『ナビゲータ』に話したことはないが、シューティーがポケモントレーナーとして尊敬する人物は二人、今は第一線を退いてしまったが無類の強さを誇る元チャンピオンのアデクと、ポケモンマスターその人だ。 ――ファンでは、ないなあ ――でもね、ポケモンマスターのピカチュウなら大好きだよ  ぐるぐると、頭の中をいつかの声が駆け巡る。苛立ち紛れに掴んだグラスの中身は既になく、からんと氷が音を立てた。ポケモンセンターからほど近いものの、表通りには面していないカフェだ。あまり客の回転が良くなかったのだが、どうやら昼前から随分と長いこと居座ってしまったらしい。そろそろ席を立とうかと思ったところで、からんからんとドアベルが鳴る。思わず顔を上げると、ちょうど店に入ってきた少女とばっちり目が合った。
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