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「なあ」
声を掛けられたのは、ヒウンシティの一角、やや治安の悪そうな通りの入口あたりでのことだった。見るからに頭と柄の悪そうな青年で、後ろに似たような男たちが数人いるのが見えた。関わり合いになっても損しかなさそうなタイプだ。
「俺たちとポケモンバトル、していかねーか?」
にやにやとした笑みを浮かべながら近付いて、退路を断たれる。どうやら拒否させてくれる気はないらしい。こんなことなら意地を張らずに『ナビゲーター』の案内に任せるべきだった、と後悔しても遅い。
「嫌なら、そうだなー。有り金とポケモン置いて行ってくれれば許してあげてもいいよ?」
「……誰が」
シューティーはモンスターボールを手にした。生憎、路地裏でたむろしているだけのチンピラに負けるほど、腑抜けてはいない。
***
『……んー、公正に見せかけたバトルでわざと有利な状況を作り、油断させておいて、他の仲間がポケモンの技等々でトレーナーを戦闘続行が不可能な状態にする……そんなところかな』
周囲を観察して『ナビゲーター』は呟いた。突如として鳴り響いた、ユーザーの危険を知らせるアラームに強制起動してみれば、倒れたシューティーとおろおろとするジャノビー、それを取り囲む不良トレーナーたち。
『ジャノビー、落ち着いて。大丈夫だから』
不良トレーナーの数は三人、ポケモンはスリープ、ワシボン、ノズパスだった。シューティーが倒れているのはおそらくスリープの催眠術だろう、一刻を争うような症状は見られない。おそらくは眠っているだけで、後遺症は出にくい筈だ。『ナビゲーター』は瞬時に判断する。『ナビゲーター』の声を聞くと、ジャノビーも冷静さを取り戻したようだった。
「何だ? この『ナビゲーター』。見たことないタイプだぞ」
「最近は『ナビゲーター』の限定タイプとかも結構高く売れるんだろ? ポケモンのついでに奪っとくか?」
不良たちから好き勝手に言われているが、『ナビゲーター』は認識しつつも注意を向けない。この状況での優先度はシューティー及び彼のポケモンが第一で、その他は同等にどうでもいい。
『んー、あんまり派手なことするとマズいんだけど……そうも言っていられないか。ジャノビー、力を貸してくれる?』
愛嬌のある仕草で小首を傾げ『ナビゲーター』はジャノビーに問い掛けた。それを受けてジャノビーはしっかりと頷いた。ジャノビーは賢く素直で、バトルの素質もあって呑み込みが早かった。シューティーとの関係も良好であり、理想的なパートナーと言える。
「何ぶつぶつ言ってんだ……? 早く電源切ってチップ抜いちまえよ」
不良の一人がシューティーに近付いてくると、それを阻むようにジャノビーが立ち塞がる。不良は舌打ちすると、スリープを呼ぶ。
「おい、スリープ! こいつにも催眠術だ」
『ジャノビー、スリープの後ろに回り込んで!』
スリープが動くよりも早く、ジャノビーは『ナビゲーター』の指示に正確に従った。
『リーフブレード!』
「ジャノッ!」
続いで技の指示が出ると、ジャノビーは勢いをつけて尻尾をスリープの背中に振り下ろす。防御などする間もなくスリープは吹っ飛ばされた。
「スリープ!? おい、しっかりしろ!」
青年の一人がスリープに駆け寄って揺さぶる。しかし、完全に気を失っていることが分かると、舌打ちと共にスリープをモンスターボールに戻す。
「嘘だろ……さっきのバトルじゃそんなに強そうに見えなかったのに」
まさか返り討ちに遭うとは思っていなかったのか、高みの見物を決め込んでいた他の二人が色めきたった。
「馬鹿にしやがって! ノズパス、放電だ!」
「ワシボン、お前も行け! 翼で打つ!」
二匹のポケモンが、ジャノビーへと技を繰り出す準備を始めた。ノズパスは鼻の先に集めた電気を解き放ち、ワシボンがジャノビーへと接近する。
『ジャノビー! 自分の周りにグラスミキサー!』
これまでに聞いたことのない指示に、ジャノビーが驚いたのは刹那のことだった。『ナビゲーター』の声はあくまでも理知的で、それがジャノビーにも冷静さを取り戻させる。すぐに、ジャノビーの周囲に葉や草が渦巻き、ノズパスの放つ電撃の威力を削いでいく。グラスミキサーはすぐにジャノビーの姿を覆い隠し、目標を見失ったワシボンは竜巻に巻き込まれた。
「何だあれ!?」
「おい、どうにかしろよ!」
「や、やってみる……ノズパス、岩雪崩!」
巨大な岩石が突っ込んでいくが、グラスミキサーが収まる気配は微塵もない。それどころか無数の葉に切り刻まれて、グラスミキサーに吸収されてしまった。
草タイプの技は飛行タイプのワシボンには効果が薄いとはいっても、渦に巻かれ前後不覚の状態で攻撃を受け続ければ無事ではいられなかった。グラスミキサーが収まったとき、目を回したワシボンだけが地面に倒れていた。ジャノビーの姿は、ない。
『ジャノビー、リーフブレード』
静かに響いた技の指示に、男たちは戦慄する。ジャノビーの姿を探す男たちの全く意図しないところから、リーフブレードは「降って」きた。
「上空から、だと……!? 一体どうやって……」
重力も加味された強力な一撃に意識を沈めたノズパスを見て、男は呆然と呟く。
『グラスミキサーの渦に乗ったんだよ。岩雪崩はワシボンに効果抜群だけど、ジャノビーにはあまり効かないしね』
器用に草や岩の間を掻い潜ることのできたジャノビーは、大きな負傷は見られない。堂々とした立ち姿からは余力を充分に残していることが窺われた。
『どう? まだやる?』
たかが初心者用ポケモンと侮っていた男たちは、認識を改めざるを得なかった。自分のポケモンをボールに戻し、我先にと逃げ出していく。それを見送って、ジャノビーはその場に座り込んだ。
『お疲れ様、ジャノビー。無理させちゃったね』
申し訳なさそうな『ナビゲーター』の様子に、ジャノビーはふるふると首を横に振った。
「ん……あれ……」
もごもごと聞こえてきた声に『ナビゲーター』とジャノビーは振り返った。シューティーが頭を押さえて立ち上がっている。
「ジャノ!」
ジャノビーは嬉しそうにシューティーの傍に立つと、まだふらついているシューティーを支えた。
『大丈夫、シューティー?』
「あ、ああ……僕はノズパスとバトルをしていて、それで……?」
『バトル中にスリープの催眠術で眠らされちゃったんだよ。あ、聞いて聞いて! ジャノビーがあいつらを撃退してくれたんだ、もう凄かったんだよ!』
「そうだったのか……よく頑張ったな、ジャノビー」
シューティーに頭を撫でられると、ジャノビーは目を細めて甘えるように鳴いた。しっかり者のジャノビーには珍しいことだった。それだけ不安だったということだろう。
『ジャノビーもシューティーも早く休まないとね。ポケモンセンターはここから十分のところだよ、シューティー!』