1-2
『ヒウンシティってことは、次は虫タイプのジムだね。ハトーボーでいくの?』 「タイプ相性を考慮するのは選出の基本だろ」 『だよねぇ。アーティーさんならバトル形式は三対三だろうから、ポケモンの連携も重要だね』  シューティーの手元のガイドマップを勝手に覗き込み、『ナビゲーター』がはしゃいだ声を上げている。『ナビゲーター』はポケモンバトルにおいてその真価を発揮する――というか、元々はバトルサポート用アプリケーションに、便利な機能が追加されていったという代物だ。シューティーの『ナビゲーター』はヒオウギジムでは技の選択に関して基本からはかなりずれた持論を展開し、タチワキジムではシューティーのバトルはもちろん他の挑戦者のバトルのデータも収集させろと言い出し、ジム戦見学を余儀なくされた(ヒオウギジムで断ったら三日間ほど拗ねてポケモン図鑑としての機能すらフリーズさせやがり、ポケモンセンターで『ナビゲーター』相手に謝り倒している姿をジョーイさんに見られて苦笑された)。他のトレーナーがシューティーと同じポケモンを使っているわけでもなく、どんな戦略でも相手や状況を選ばず選択できるわけではない。となれば、純粋に自分のポケモンの強化をする方がよほど時間を有意義に使えると思うのだが『ナビゲーター』は、でもバトル見てるの楽しいじゃん、などと主観たっぷりの感情論をのたまった。  いかに容姿もバトルに関するアドバイスも初期設定をかなり無視していたとしても『ナビゲーター』なのだ。『ナビゲーター』はポケモンに関してはジョーイさんや研究者でも舌を巻くんじゃないかと思うほど鋭いことがある。ヒオウギジム戦の前、ツタージャが緊張でバトルどころではないことに気付いたのも、タチワキジム戦の後に平気な顔をしていたドッコラーが熱を出していたことを察知したのも『ナビゲーター』である彼女だった。 「まるでトレーナーみたいだね」  何の気なしに呟いたシューティーの視界の端で、ナビゲーターの笑顔が一瞬だけ色を失う。改めて視線を向けると、そこにはいつも通りの笑顔があった。 『何言ってるの、私はナビゲーターだよ。シューティー』 「……そうだね」  目に見える姿かたち、耳に届く声。全く基本通りでないように見えて、プログラム通りの応答。そういえばカントー地方にはプログラムにより生み出されたポケモンがいると聞いたことがある。 「ナビゲーター、ポリゴンの情報を」 『ポリゴン? イッシュじゃ今でもあんまり見かけないけど……』  シューティーの要望に『ナビゲーター』は目を丸くした。そういう仕草がいちいち気になってしまうのだ。僅かに苛立ちを滲ませた声で、シューティーは続けた。 「いいから早く」 『はいはーい、今すぐに』  少女の隣にピンクとペールブルーで構成された特徴的な姿が映し出される。 『ポリゴンはバーチャルポケモンという分類が一般的だけど、一部ではシージーポケモンって呼ぶ人もいる。ノーマルタイプで、特性はトレースとダウンロードの二種類が知られています。ポリゴン2に進化するポケモンで、バトルでは攻守ともに優れてるね。ポリゴンが覚える技ではテクスチャーやテクスチャー2が面白いかな。技の説明はいる?』  すらすらと出てくる説明に、タイミングよく姿を変えるポケモンの3Dホログラム。どちらかといえば無骨な身体で、無表情に近かったポリゴンは、進化することで流線型の滑らかなボディと知能や学習能力、感情理解能力といった機能を有し、時にプログラムされていない行動さえ取るようになる――そのように、設計されている。 「……いや、いいよ」  少女の姿をした『ナビゲーター』は、シューティーの顔を覗き込むように首を傾げる。 『シューティー、なんか変だよ。どうしたの?』  心配そうな表情も、声も、仕草も全て、ただプログラム通りの映像であり、音声であり、動作でしかない。 「……それもプログラム通りの行動なのか?」 『え?』 「君はプログラムによって構成された存在だろ。人間の手で作られて、トレーナーの行動や発言から成長する。心のない機械だ、トレーナーがいなければ無意味な存在だ」 『そうかな』  困ったような顔で、そうとは感じさせない曖昧な言葉で、しかし『ナビゲーター』はシューティーをはっきりと否定した。 『人間の手で作られてたら心がないのかな。人間のためだけに存在しなきゃいけないのかな。人間がいらないって言えば、捨てられて当然なのかな?』  いつも楽しそうだった瞳に、困惑と、悲しみと寂しさがないまぜになってシューティーを見据えている。人間よりも人間らしいとすら思えるそれも、それすらも、プログラムの延長なのだろか。 『シューティー、私は違うと思う』  静謐な視線に耐えられなくなって、シューティーは目を逸らす。『ナビゲーター』は、心配そうにシューティーを覗き込んでいた。その視線すら鬱陶しくなる。 「悪いけど、少し放っておいてくれないか」  出てきた言葉も声も、意図したよりもずっと冷たいものだったことに、シューティー自身が驚いた。けれど取り消す間もないうちに、『ナビゲーター』は小さく頷いた。何かあったら呼んでね、と短い言葉を残してその姿すら消した。  ほら見ろ。後に残された静寂に、シューティーは乾いた笑いを漏らす。目に映るものも、聞こえるものも、ただスイッチをオフにするだけで消えてしまうのに、なんて残酷な。 「僕も違うと信じたいよ」
Back Menu Next
inserted by FC2 system