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 シューティーはどこにでもいるトレーナーである。イッシュ地方の長閑なカノコタウンで生まれ育ち、十歳になって初めてのポケモンを受け取り、意気揚々と旅に出た。トレーナー戦を難なくこなし、ジム戦だって悠々クリア、目指すはリーグ優勝だ。どこにでもいる、というと語弊があるかもしれない。ちょっと、なかなか、いやわりと優秀な部類に入るトレーナーだろう。ただ、わりと優秀なトレーナーはそれこそごまんといる。その中でも慢心せず常に高みを目指し続けた一握りだけが光の当たる場所に立ち栄光を手に 『あ、ねえシューティー見て見て! シママの群れだよ! あんなにたくさんいるのは珍しいんだよね、凄いなー!』 「ねえ頼むから少し黙ってて!」  シューティーをどこにでもいるトレーナーたらしめないのは、ひとえにトレーナー修行の旅の必需品、ポケモン図鑑に搭載された人工知能『ナビゲーター』のせいなのだった。シルフカンパニーやデボンコーポレーションが牽引役となり、近年の科学技術の飛躍的発展は目覚ましいものがある。加えて、バトルスタイルの多様化やポケモンの生態研究が進んだことで、トレーナーも闇雲にポケモンを闘わせるだけでは生き残っていくことができないと言われている。トレーナーのサポートはポケモンセンターをはじめとする施設や機関で充実してきているが、何よりも『ナビゲーター』は画期的な発明品だった。通信回線を用いた情報収集はもちろん、手持ちポケモンの体調管理、バトルデータの蓄積と解析など、その機能は多様かつどれも重要性が高い。学習機能も備わっており、トレーナー一人一人に最も適した状態にカスタマイズされていく。  そんなトレーナーにとってなくてはならない存在、第二のパートナーともいえる『ナビゲーター』だが、シューティーの図鑑に搭載されたそれは少し特殊だった。まず、容姿。ナビゲーターは初期設定では男女の二パターンしか選択できず、至って特徴に乏しい彼もしくは彼女を数パターン用意された顔立ち、髪型、衣装、小物のオプションで特徴づけるのが普通だ。シューティーの『ナビゲーター』の場合は活発さを思わせるショートの黒髪に、服装はタンクトップにスカート、ななめ掛けの機能的な布バッグに少し緩めの靴下とスニーカーとどこをとっても快活少女そのものだ。幼い印象が強いが良く見なくても整って、愛嬌のある顔立ちをしている。データの初期化に失敗したのだろうかと思ったが、シューティーは『ナビゲーター』に関して特段の拘りがなかったので放っておいた。 『えー。シューティーは電気タイプの手持ちがいないし、いいと思うんだけどなー』  そして、シューティーの『ナビゲーター』は別段シューティーに興味のない事柄でも勝手に話しかけてきて至極どうでもよいアドバイスをくれる。ついでにシューティーを呼び捨てにする上タメ口を聞く。『ナビゲーター』に特段の拘りのないシューティーでも、さすがにおかしいと感じてメーカーに問い合わせてみたものの「通信診断では特に問題はみつかりませんでした」という通知が返ってきただけだったので、仕方なく使い続けている。 『あ、シママももちろんいいけど、私としては電気タイプのおすすめは何と言ってもピカチュウなんだよね。強くて速くてカッコイイ! 面倒見良くて優しくて仲間思い!』 「聞いてないから! というか凄い偏見と色眼鏡満載な評価だね!?」  ピカチュウは確かカントー地方の片田舎の森に生息しているが、種族としてそんなに強くないはずだ。カントー地方出身のポケモンマスターの相棒として全世界で一大ブームを巻き起こしかけたが、ポケモンマスター自身が野生ポケモンの乱獲や密漁の撲滅のために活動していることもあり猫も杓子もが保有しているような状況にはならなかった。ポケモンマスターは出身地であるカントー地方を中心に活動していて、イッシュへの訪問回数が少ないため情報も入りにくい。しかしながら熱狂的なファンは少なくなく、半年後のイッシュリーグエキシビジョンマッチのチケットは販売から五分も経たずに売り切れたという噂だ。 「君ってポケモンマスターのファンなのかい?」  そういう設定なのかもしれない。ふと思いついてシューティーが訊ねる。 『……ファンでは、ないなあ…………』  そんな設定にしたわけでもないのに常に楽観的な笑顔を浮かべる能天気な顔が、珍しく神妙な表情をしている。そんな顔もできるんだったらいつもそうしていろ、と毒づきながら、シューティーは自分自身に呆れ返っていた。『ナビゲーター』は『ナビゲーター』であって、いくら人間に近い容姿や声であっても決められた演算結果を返しているだけなのだから当然の答えだった。 『あ、でもね。ポケモンマスターのピカチュウなら大好きだよ』  ナビゲーターは満面の笑顔で答えた。  シューティーの口からうめき声が漏れた。どれだけピカチュウ好きなんだ。
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